ただの雑記です

【短編小説】夜の教室

2020/04/11
 
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25歳の男。宮城県出身。 大学院に進学するも一瞬で体調を崩し、以降2年ほどニートしてました。 今年から栃木県の那須塩原市にて派遣社員として働いています。 趣味は小説を読むこと、温泉巡り。 ミドリガメを飼っています。

小学校の教師になって8年目のこと、俺は県内のとある田舎の小学校に転勤になった。その小学校は小さな学校で、各学年の児童数は20人前後で、1クラスしかなかった。その小学校に赴任した1年目に、俺は6年生のクラスを受け持つことになった。

前の年まで別の小学校にいた俺にとって、赴任していきなり6年生を受け持つことに最初は少し戸惑ったが、クラスの子どもたちは仲が良くて、まあなんとかやっていけそうだと思った。

 

ただ、そんな仲の良いクラスで、ひとりだけ輪にはまれていない男の子がいた。この子の名前を仮に名前を良太としておく。

良太はとてもおとなしい子で、いつもひとりだった。クラスのみんなが休み時間に外でドッヂボールをしている時も、学校で飼ってるニワトリの様子をひとりで眺めていたり、クラスでトランプや将棋が流行った時もひとりだけ離れた席で絵を描いたり。でも別に寂しそうにしていたわけではなくて、ひとりでいても彼の顔にはいつも笑顔が浮かんでいた。

最初は良太のことはあまり気にかけていなかったが、2、3か月もそんな様子を見ているとさすがに少し心配になってきて、俺はクラスの何人かにどうして良太と遊ばないのか聞いてみたことがある。でも返ってくるのは同じような返事ばかりで、「はまろうとしてこないから」とか「なんか変わってるから」というようなものばかりだった。

 

確かに良太は変わっていた。

良太はよく教室に生き物を持ってきた。そういう生徒は前の学校でもよくいたし、別に珍しいことではないのだが、良太の場合は違った。彼はいろいろな生き物を持ち込んだ。ダンゴムシやテントウムシのような可愛らしい虫を持ってくることもあれば、大きなクモやムカデを持ってくることもあった。一度だけだが、道で拾ったと言って小鳥の死骸を持ってきたこともある。同級生たちは、そんな良太の様子を見て、彼から距離をおいていたらしかった。

また、良太はほとんど毎日、放課後の教室に居残っていた。別に俺が居残りを命じたわけではないのだが、彼はいつも遅くまで教室に残っていた。彼はそうして絵を描いているらしかった。俺は放課後の教室で彼を見かける度に早く帰るよう促していたのだが、彼はなかなか帰らなかった。結局、俺は良太が家に帰るところを見かけたことはなかったのだが、良太の両親から電話がかかってくることもなく、問題も起きなかったので俺はいつしか良太の居残りを黙認するようになった。

 

一度、良太に描いている絵を見せてもらったことがある。小学生がよく使っている自由帳の真っ白なページには、いろいろな動物の体の部位だけが描いてあった。クモの胴体、ねずみのしっぽ、鳥のくちばし、猫の足等々。それらの絵が、とても小学生が描いたとは思えないくらい詳細に鉛筆で描かれていた。その絵を見せてくれたとき、良太はそれぞれの絵について教えてくれた。このねずみのしっぽはねずみ取りで捕まえたねずみのもので、とか、猫の足は自宅の近所で飼っている猫のもので、とか。そんなことを嬉々として語る良太の姿に、俺はようやく彼から年相応の幼さを感じ、少し安心したのを覚えている。

 

そんなある日、俺は夜中の教室で良太を見かけた。

その田舎には住民がつくるバレーボールのチームがあった。学生時代、バレー部だった俺はそのチームに所属していた。練習は週2回、小学校の体育館で行われた。

その日、いつものように練習を終えた俺は、職員室に忘れ物をしたことに気が付いた。チームメイトと別れ、職員室に向けて校庭を横切っていると、真暗な校舎の中、6年生の教室の中で光がちらちらと動くのを見た。

初めは気のせいかと思ったが、職員室で忘れ物を回収した後もなんとなく気になっていたから教室を見てから帰ることにした。俺は職員室の懐中電灯を持ち出し、教室へと向かった。

 

夜中の校舎は真暗で静かだった。懐中電灯がなければとても歩けないし、聞こえるのは俺の足音だけだった。ところが、教室に近づくにつれて他の音も聞こえるようになった。何かが動く音、紙がこすれるような音。俺は不思議に思って、少しだけ教室へ向かう足を速めた。

教室の前まで来た頃には、その音はかなりはっきりと聞こえていた。音の出どころは間違いなく教室だった。中では一筋の光が動いていた。教室の戸をゆっくり開けると、中には良太がいた。

 

良太は自分の席で何か作業をしていたらしかった。彼は教室に入った俺を、いつもの笑顔で迎えた。俺は良太の机の上を見た。

そこには鉛筆と自由帳、ナイフ、そして何かの獣の足と思われるものが置いてあった。近寄って何をしているのか聞くと、良太は「野良犬の足を調べてるんだ」と楽しそうに答えた。よく見ると良太の机や手は血で赤く汚れていた。俺はすぐに良太を机から引き離し、なんでこんなことをしているのか聞いた。彼はただ「楽しいから」とだけ答えた。さらに問いただすと、どうやら夜中まで学校に残ったのは今回が初めてではないという。彼は夜の教室で動物の体の一部を解体し、それをあの自由帳にスケッチしていたらしかった。

俺は机の上のものを没収し、良太を家まで送った。ところが、良太の両親は特に心配している様子もなく、いやに淡々と良太を家に迎え入れた。両親は俺には何も言わず、家の中に入って行った。

 

翌日、俺は良太の件について教頭先生に相談した。ところが教頭はあまり相手にしてくれなかった。良太が夜な夜な動物を解体していることは教員の全員が知っていることらしく、何度も注意したそうだ。だがいつまでたってもやめないため、ついに学校側も諦めてしまったらしい。

俺も何度となく良太を説得したが、彼は動物の解体をやめず、ついにそのまま卒業してしまった。

俺は今でも彼が使っていた自由帳を持っている。あの晩、良太が開いていたページには描きかけの犬の足の絵が残っている。

 

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25歳の男。宮城県出身。 大学院に進学するも一瞬で体調を崩し、以降2年ほどニートしてました。 今年から栃木県の那須塩原市にて派遣社員として働いています。 趣味は小説を読むこと、温泉巡り。 ミドリガメを飼っています。

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